BIOS バイオス

 


 BASHIC INPUT OUTPUT SYSTEM:ベイシック・インプッタウプット・システムの頭文字

 近代的なPCには、チップとして、マザーボードと共に提供される。

 ユーザーは最近までは、BIOSを物理的にも、論理的にもこれだけを購入することはなかった。

 提供形態は時代とともに変化している。

 はじめは、マザーボードの半導体ROMに書き込まれていた。電卓の電源を投入すると、「電卓」の実現するプログラムが直ちに読み込まれ、電卓として機能するが如く、PCはBIOSが起動した。電卓の機能を書き換えられないが如くである。のちに、物理的に取り替えができるものとなった。現在は、書き換え可能。プログラムは、フラッシュメモリーに書かれているので、電源を失っても消えない。。ただし、時計やブートドライブの順位など、ユーザーが変更できる部分は消える。これを防ぐため、ボタン電池が挿入されている。デスクトップPCは、筐体内部へのアクセスが容易であることから、この電池も取り替え可能。ノートPCの場合は、ユーザーによる筐体内部へのアクセスは想定外であることから、溶接されている。

 プログラム書き換え可能であるが、書き換えている途中で電源を失うと、復旧不能に陥ることがある。ハイエンド・マシンはユーザースキルが期待できるので、復旧可能なソフトウエアが初めから書かれている。私の別のPCは、OSがなくてもGUI操作可能。進歩しているし、新しいものを書き込むことは、可能になってきた。つまり、ごく最近、「BIOS」を著作物として、購入する時代になった。私は、BIOSがない頃からPCを使っているが、初めて、これを知ったとき、ある種の感動を覚えた。

 そのエピソードがBIOSの機能説明となるから、次に記す。

 「BIOSは、その綴りが暗示的である。「生命の複数形」を強く思わせる。 BIOSはまさに、PCが生命体のように振る舞う。生まれたばかりの子供は自分の指すら上手に動かせられないし、この頃、視力の獲得に失敗すると、永久に視覚を獲得できない。やがて、歩く。話す。自身に接続されている全デバイスを使いこなせるようになる。

 正に、BIOSの任務はこれである。電源投入直後、生命に与えられている本能のように、乳を欲しがるが如く、読み込むべきドライブを指示され、時刻やあらゆる諸元が入力され、動き出す。

 誰が、名付けたかは知る由ないが、「BIOS」はいい。」

 さて、私たちも、このBIOSの操作から始める。お付き合いします。